どうも、ミニマリストのトヨナガアツシです。
YouTubeにコメントがたくさんつくおかげで、再生回数とチャンネル登録、そしてブログPVやTwitterフォロワーが勝手に伸びています。なので、僕は全てのコメントにいいねをし、返信をします。
先日、下記のツイートしました。
そういえばテラスハウスで、チュートリアル徳井義実が、タメになることを言ってたのを思い出しました。
「SNSとかのコメントなんて、文面ではきつく見えるかもしれんけど、コメントしてる人らは、テレビの前でぼそっと呟いてるような感覚。だから気にする必要ない。」
僕はこれにめっちゃ拍手です😌— ミニマリストあつし (@a0215t) 2019年6月13日
というわけで、僕はテラスハウスが好きで、テラスハウスのためにNetflixに入っている感じなんですが、チュートリアル徳井義実のコメントをふと思い出し、共感したのでシェアします。
SNSの批判コメントは、基本的に独り言なので気にする必要がない話
繰り返しですが、SNSの批判コメントは基本的に独り言なので、気にする必要なしです。
批判コメントは、テレビの前でぼやいてるようなもの
先に、テラスハウスの説明をいちおう簡単に書いておきます。
見ず知らずの男女6人が共同生活する様子を、ただただ記録したものです。用意したのは素敵な「家」と素敵な「車」だけです。台本は一切ございません。
上記の通り。なので、そこの住人がなにかしらやらかすと、やらかした人のSNSのコメント欄が大荒れになり、その批判に心が折れてテラスハウスを去る人もいるといった感じ。
やらかさなくても批判コメントはもちろんあったりします。テラスハウスを見てて思いますが、多くの人に見られてると、行動しても叩かれるし、行動しなければおもんないと言われ叩かれる世界なんですよね。
つまり、何しようとも批判する人は批判しますね。なので、いちいち全てを真に受けてたらメンタルが崩壊しますよ。
そしてチュートリアル徳井義実が、メンタルが崩壊しかけの住人を見たときのコメントは、ザックリですが下記の感じです。
SNSとかのコメントなんて、文面ではきつく見えるかもしれんけど、コメントしてる人らは、テレビの前でぼそっと呟いてるような感覚。だから気にする必要ない。
すいません、このコメントは1年くらい前のものでして、確かこんな感じだったはずです。
この徳井のコメントの通りで、テレビの前でぼそっと呟く感覚でナチュラルにコメントしてるのかなと思います。
ぶっちゃけ、僕も友達や家族なんかとテレビとか見てたら、ぼそっと呟くことありますからね。とはいえ、内心思ったりしても、わざわざ自分の時間を使ってまでコメントなんかするわけないですが。
テレビであればチャンネルを変えるかテレビを消す、YouTubeならそっと閉じればオッケーです。なのですいません、わざわざ批判コメントする人はまじで暇なんだろうなと思っています。
なお、ちょっと口が悪いかもですが、僕は名前も顔もわからない人の謎の批判とか、便所の落書きみたいなもんかなと思っています。便所の落書きを見ても「そうですか、、、」で終わりますよね。
自分の思考は割と捨てています
批判コメントがくると、それに熱くなったりする人もいたりしますが、逆効果かなと思っています。たぶん批判する人は、批判して反応を見て楽しみたいだけですからね。
そして、僕が真剣にウォッチしている方は、圧倒的に受け流しています。
僕はまだまだ未熟すぎるので、批判コメントがきたら少し取り乱しますが、とはいえいったん冷静になり、そして「あの人だったらどういう風に返すかな?たぶんさっと流すだろうな」と瞬時に考えます。
当たり前ですが、自分の思考で動くより、圧倒的にうまい人の思考で動いた方が間違いないですよね。なので、僕はうまい人だけを見続けます。
批判の全てがだめというわけではない
ここまでは、「批判コメントは無駄」みたいな話をしましたが、とはいえ明らかに発信者に非があるときもあるだろ!みたいに思う人もいたりしますよね。
確かにその通りでして、そういった場合の批判コメントは割と「正論だな」とか思ったりすることもありますね。
しかし、僕はどうでもいい人に時間を使うほど優しくないので、わざわざ批判コメントはしません。
自分の主張を発信するのは、勇気が必要な話
僕は割と主張を発信するのは苦手でして、発信するのは少しの勇気が必要かなと思っています。
というか、たぶん発信してる人のほとんどが勇気を出しているんじゃないかなと思います。
当たり前ですが、批判がくるのは怖かったりするし、「これ言うと批判がこないかな」とか考えながらツイートを書き直したりしてますからね。
でも、僕はそれでも少しの勇気を出して発信をし続けていきます。少しの勇気で、人生がいい方向に傾くのなら、めっちゃよくないですかね?
過去の自分は人目を気にし、そしてできるだけ嫌われないように生きてきましたが、そんな自分とはお別れです。
自分の目の前の世界を変えることは無理で、変えられるのは自分自身だけですからね。
どんな正論を言おうと、全員がイエスにはならない
最後に下記のツイートをご覧ください。
批判されること以上に「無」が1番悲しいですね😌
もちろん批判されるのを狙うのはよくないですが、とはいえ、反応があるということは、少なくとも感情を揺さぶったというのは間違いないですからね。そして、僕が思うに、どんな正論を言おうが「全員がイエス」になることはありえないということです。— ミニマリストあつし (@a0215t) 2019年6月13日
あたり感触ないことを言うのは簡単かもですが、しかし僕は誰の感情も揺さぶらない発信に価値はあるのかな?と思ったりします。
僕は何の反応もない「無」が1番悲しいですよ。
そして、自分の主張を発信するのが怖いって人がいるかもですが、大丈夫ですよ。僕も最初は少し怖かったですが、とはいえ「全員がイエスになることはない」ということを理解したら、あと必要なのは少しの勇気だけです。
言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、、、POISON。
というわけで、僕も引き続き勇気を出し積み上げていきます。
そんな感じで終わりです。
では!