どうも、ミニマリストのトヨナガアツシです。
過去には「丁寧な暮らし」に憧れたことがありました。
先日、下記のツイートをしました。
ミニマリストは一見すると「丁寧な暮らし」のように見えますが、ほとんどは「丁寧な暮らし風」ですね😌
モノが少ないと「丁寧そう」と思われたりすることもありますが、実際は割と間逆で、洗濯物を畳むのですら鬼ハードだと思っていますからね。丁寧に暮らすより、ミニマリストになるほうが簡単です。— ミニマリストあつし (@a0215t) 2019年7月14日
ミニマリストは一見すると「丁寧な暮らし」のように見えますが、ほとんどは「丁寧な暮らし風」ですね😌
モノが少ないと「丁寧そう」と思われたりすることもありますが、実際は割と間逆で、洗濯物を畳むのですら鬼ハードだと思っていますからね。丁寧に暮らすより、ミニマリストになるほうが簡単です。
「ミニマリストって丁寧じゃないとなれないだろ」と思ったことがある過去の自分へ、書いてきます。
多くのミニマリストが「丁寧な暮らし」っぽく見える話
ミニマリストのほとんどは「丁寧な暮らし風」なだけで、丁寧ではないです。
モノが少ないと、丁寧に見える
ミニマリストになる前のことですが、僕は「モノが少ない部屋」とか「スッキリした部屋」を見ると、下記のように思っていました。
うわ、、、いいな。俺もこんな感じで綺麗に保ちたいけど、部屋の掃除をしても、1週間ももたずに散らかるしな、、、丁寧さが欲しい。
リアルにこういった感じでして、つまり過去の僕は「ミニマリスト=丁寧な暮らし」という勘違いをしていました。
しかし、実際にはミニマリストのほとんどは、「掃除がめんどくさいからモノが少ない」といった感じで、つまり「丁寧にできないからミニマリスト」のパターンが多いです。
僕の個人的な感覚ですが、違いとしては、たとえば下記の感じです。
- 丁寧な暮らし:キッチンは近くで見ても超ピカピカ
- ミニマリスト:キッチンはよく見ると水垢ついてる
すいません、ミニマリストに関してはめっちゃ偏見かもですが、僕がこんな感じなので、たぶん同じような人がいるはず。
キッチンを常にピカピカにするとか、めんどくさがりには無理ですからね。
ミニマリストであり、そして丁寧でもある
当然ですが、こういった人もいますよね。
とはいえ、僕の感覚としては、たぶん10%以下ですかね。
そもそも人間はめんどくさいことが嫌いな人が多数なので、必然的に「いかにめんどくさいことをやらないか」を考えるミニマリストが多いのかなと思います。
僕も「めんどくさいことをやるなら、その時間で他のことをやりたい」と思っていますからね。
「めんどくさいこと」をめんどくさいと感じなかったり、「家事を丁寧にできる」というのは、ある種の才能なのかなと思ったりしています。
結論:丁寧にできなくても、ミニマリストにはなれる
というわけで、「丁寧な暮らし」はできなくても、ミニマリストにはなれますよ。
「ミニマリスト×丁寧な暮らし」はハードル高めですが、「ミニマリスト×めんどくさがり」はほんとに簡単です。
過去の僕は「北欧風な部屋とかおしゃれだな、、、」みたいな感じで、「丁寧な暮らし」に憧れたりもしたことありました。
しかし今思うと、めんどくさがりのほうが大多数なこの世界では、たぶん丁寧な暮らしができるのは一部の人ですよね。
僕はその一部にはなれないので、「ミニマリスト×めんどくさがり」になりました。
丁寧な暮らしには、ゆとりが必要な話
丁寧に暮らすには、たぶんゆとりが必要です。
必要なゆとりは、下記です。
- 時間的ゆとり
- 金銭的ゆとり
順番に見ていきます。
その①:時間的ゆとり
下記のように暮らすには、少なからず時間のゆとりが必要かなと思います。
- 朝からハンドドリップでコーヒーをいただく
- オートミールで作るお菓子で、ティータイム
- ハーブを使った自家製の化粧水で、お手入れ
こういった暮らしはとても素敵ですが、とはいえ、時間にゆとりがある人じゃないと無理そうですよね。
その②:金銭的ゆとり
たとえばですが、食材は全てオーガニックでかなりこだわったりとか、食器やインテリアは北欧風でお洒落なもので揃えるとかです。
割と金銭的ゆとりがないと、厳しそうですよね。
もしくは、安いインテリアをそれっぽく見せられる圧倒的なセンスがあるとかですね。
丁寧な暮らしアンチは、本当は丁寧に暮らしたい人たちかもです
これに限った話じゃないですが、何かを批判する人というのは、ただの嫉妬だったりします。
「丁寧な暮らしとかムカつく」という感情の裏に潜む感情は、下記です。
私も丁寧に暮らしたいけどこんなのできない。できてるこの人なんかムカつくなー。
自覚はないかもですが、たぶんこんな感じ。
批判とかしても無駄すぎなので、自分の人生が良くなるように頑張ったほうがいいかなと思います。
ゆとりはあるに越したことはない
というわけで、僕はゆとりのある生活を送ってみたいので、日々精進です。
何をするにせよ、ゆとりがないと何もできないですからね。
時間的ゆとりと、金銭的ゆとりがあれば、「丁寧な暮らし」をすることも可能ですが、とはいえ、僕はそのゆとりを別のところに使っていきたいと思っています。
そんな感じで終わりです。